近代化の波、社会福祉の先駆者・瓜生岩子と蔵の黄金時代
明治の大火を教訓として、街中により多くの耐火性「土蔵・レンガ蔵」が建設され、現在に残る美しい蔵の街並みが形成されました。日本初の社会福祉家・瓜生岩子や自由民権運動(喜多方事件)など、日本の近代史に名を刻む人物・出来事の舞台となりました。
喜多方駅が開業。物流の拠点として街が急速に発展。
中国から渡ってきた青海綿氏が屋台を始めたのが起源とされる。
中国から渡ってきた潘欽星氏が屋台で「支那そば」を始めたのが起源。喜多方の豊かな水と醤油文化が味を支えました。
喜多方駅が開業。レンガの大量輸送が可能になり、レンガ蔵の建築が盛んになるとともに、街が急速に近代化しました。
喜多方駅が開業。レンガの輸送が可能になり、レンガ蔵の建築が盛んになった。
再び市街地の大部分を焼失する大火が発生。この復興過程で、火に強い「蔵」の建築がさらに加速し、現在の蔵の街並みが完成しました。
市街地の大部分を焼失する大火が発生。この復興過程で、火に強い「蔵」の建築が加速し、現在の蔵の街並みの基礎が築かれました。
市街地の1,000戸以上が焼失。この教訓から防火性能の高い「土蔵」が普及し、「蔵のまち」の基礎が築かれました。