徳一
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宗教・歴史奈良〜平安

徳一
会津仏教の開祖 / 慈恩大師

749頃824頃
とくいつ

「衆生はみな、等しく仏になる種を持っている。」

人物像と歩み

藤原仲麻呂の子として生まれ、奈良の興福寺で法相宗を学びました。当時の仏教が都の権力闘争や貴族の祈祷に明け暮れていることに疑問を感じ、真の救済を求めて東国(現在の福島県)へと旅立ちました。807年、磐梯山の麓に東日本最大級の伽藍を誇る恵日寺を建立し、そこを拠点に会津一円に仏教を広め、この地を「仏教王国」へと変貌させました。

主な功績・成し遂げたこと

1

東日本最大級の寺院・会津恵日寺(磐梯町)の開山(807年)

2

最澄との「三一権実論争」による日本仏教思想への多大な貢献

3

会津地方における仏教文化、芸術(仏像等)の飛躍的向上

4

空海との交流を通じた密教の理解と東国への伝播

5

勝常寺(湯川村)の創建と薬師如来像の建立への関与

6

民衆の教化と地域の社会基盤整備への寄与

関連スポット

ゆかりの地・資料館

この人物に関する貴重な資料が展示されています。

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建立された銅像

街の広場に、その功績を称える像が立っています。

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徳一の精神は、現在の喜多方の「街づくり」に脈々と受け継がれています。